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あらすじOutline
5つの物語からなる連作短編集。
【第一章:あの風に向かって飛べ】
往年の名スキージャンパー・坂屋幸広は、不調続きで、ここ数年優勝から遠ざかっていた。その原因を言い当てたのは、一人の不思議な少女・羽原円華だった。
あと2試合で引退することを決意していた坂屋。本人はもちろん、周りの者は彼が有終の美を飾って表彰台の上に立つことを願っていたが、この状態で表彰台の上に立つことは奇跡に近いことであったが・・・だが、不調の原因を言い当てた円華は、自分なら優勝に導くことが出来るかもしれないと言うのだ。そして、坂屋が参加する試合の日がやってきた・・・
【第二章:この手で魔球を】
野球界には魔球と称されるボールがあった。それは、投げたピッチャーでさえどのように変化するか分からないというナックルボールだった。しかし、ナックルボールをコントロールすることは難しく、コントロールを優先すると変化が乏しくなってしまうので、このナックルボールを使いこなせるピッチャーはなかなか出現しなかった。
そんなナックルボールをフルタイムで使いこなせる石黒達也という投手が現れた。この魔球を操ることができる石黒選手は、その球団にとって無くてなならない投手となっていった。
しかし、彼の投げるナックルボールには欠点が一つだけあった。それは、このボールを捕球できるキャッチャーが三浦勝夫という一人の捕手しかいないことだった。やがて、三浦選手は身体の限界で引退を考えなければならない時期となった。ナックルボールを捕球できる三浦選手が引退でいなくなれば、石黒選手も引退を余儀なくされることになる。そこで、三浦選手は、自分の後継者を育てることを決意する。
三浦が後継者に選んだのは山東というキャッチャーだ。三浦選手の指導のおかげで、山東選手もナックルボールを捕球できるようになってきていたのだが、あることがきっかけでまったく捕球することができなくなってしまった。それどころか、キャッチャーとしての自信さえも無くしていた。三浦選手は、自分の後継者を育てきれず、そればかりか、山東の選手生命をも経つことになるかもしれない事態になったことを悩み、石黒選手は、そんな状況に、自分も引退するしかないと諦めかけていた。
そんな状況の彼らの前に、羽原円華という少女が現れる。彼女は、山東選手を立ち直させるプランがあると告げるのだが・・・。
【第三章:その流れの行方は】
街で偶然に旧友の脇谷に逢った工藤ナユタは、その旧友から、学生時代の苦難から自分を救ってくれた恩師の石部先生の息子が川で溺れて、一命は取り留めたものの、ある病院に入院し、植物状態であるということを聞かされる。石部先生の息子が入院しているのは、偶然にナユタの知り合いである羽原円華の父が脳神経外科医として勤めている開明大学病院であった。
そこで、ナユタは円華に石部先生の家族の状況を確認したところ、石部先生の奥さんは、息子が植物状態であるという状況を受け入れるようになってきてはいるが、父親である石部先生は、休職中であるにも関わらず、事故から一年以上経った今も、一度も病室を訪れたことすらないらしい。
さらにナユタと脇谷が調べてみると、石部先生は毎月13日(事故があったのと同じ日)に、まだ息子が亡くなったわけでもないのに、事故の現場には行っているらしい。
この行動を不審に思ったナユタと脇谷は、事故現場に現れる石部先生に会いに行くことを決意する。そこで石部先生から聞いた話は何とも辛い話であった。
石部先生の奥さんは、息子を助けようと川に飛び込もうとしたが、二次災害を恐れた石部は彼女を引き留めた。彼女は、二次災害を恐れて助けることを引き留めた夫の行動が原因で、夫が病院に来ることを拒否しているらしい。それに、石部先生自身も彼女を引き留めた判断が正解であったかどうかを悩んでいた。だから、答えを見つけようとして毎月事故現場を訪れているというのだ。
この話を聞きつけた円華は、石部先生に怒りを抱き、そして動き出す・・・
【第四章:どの道で迷っていようとも】
鍼灸師の工藤ナユタは、ナユタの患者である作曲家兼天才ピアニストの朝比奈一成から、何週間もピアノを弾いていないことを聞かされる。原因は、パートナーである尾村勇の死である。尾村は、崖から飛び降りて自殺したらしい。自殺の原因は自分のカミングアウトにあると朝比奈は考えていた。実は、朝比奈と尾村は同性愛者であり、そのことを朝比奈は世間にカミングアウトしたのだ。
視覚障害者である朝比奈が接するのは音楽関係者や親しい人間ばかりだった。だから、世間の偏見に晒されることはなかった。しかし、健常者である尾村の場合はそうはいかなかっただろう。世間の偏見の目に耐えられなくなって自殺したというのが、朝比奈の見立てだった。失意で朝比奈はピアノが弾けなくなったのだった。
ナユタから朝比奈の話を聞いた羽原円華は、朝比奈を立ち直らせるために尾村の死の真相究明に乗り出すことに・・・。しかし、実は、円華には別の狙いもあったのだ。
【第五章:魔力の胎動】
地球科学を専門とする泰鵬大学の青江教授に、D県警から突然の電話があった。それは、赤熊温泉で起きた硫化水素による中毒事故(この事故が「ラプラスの魔女」での物語の発端となる)の原因調査と今後の対策のサポートをして欲しいという依頼であった。D県警は、三年前に起きた灰堀温泉での硫化水素による中毒事故での青江の活躍をJ県警から聞いてのことだった。
青江は三年前の灰堀温泉での事故のことを思い出した。この事故には、思いもかけない真実が隠されていた。
当サイトの管理人より
この物語は、主に工藤ナユタという鍼灸師の視点で、いろいろな人たちの問題を不思議な力を持つ少女・羽原円華が解決していく様が描かれている。しかし、第四章で、この工藤ナユタ自身も問題を抱えていることが判明し、その伏線は、第一章から第三章のところどころに描かれている。そして、第五章は、「ラプラスの魔女」につながる物語が描かれており、「ラプラスの魔女」でのもう一人の主人公、環境分析化学分野の権威・青江の物語が描かれている。第五章を読んだら、「ラプラスの魔女」も是非読んで欲しい。
この物語の軸はなんといっても羽原円華のキャラクターだろう。彼女は、感情的な人を論理的に遠慮なく批判をし、それが冷淡で高慢な印象を相手に抱かせるが、実は、誰よりも人の気持ちを考える熱く優しい心を持っている。最初は彼女に反感を持つ者も、やがては彼女の本質に心を動かされるのである。